レッツ ブリリアント 2025/02 第93号
発行者
精神障碍者社会復帰施設
特定非営利活動法人(NPO法人)ブリリアント 施設長 曽我 洋秀
住所 〒 441-8145 豊橋市駒形町字坂口56番地
TEL 0532-46-0033
FAX 0532-46-0163
URL http://brilliant-gh.sakura.ne.jp/
あけましておめでとうございます。
皆様方のご支援をうけてまいりましたブリリアントも31年間をもちまして、閉じることになり、感謝の念でいっぱいでございます。施設長である私自身も19年アドバイザーとして勤められた事多くの卒業生も送り出す事ができましたことは、大変勉強になりました。私もこの道に入って50年になりますが、10万人のクライアントを見てまいりましたが、ブリリアントのほうでも延べ人数は2万人は超えたとおもわれます。此所を作られた吉川武彦(精神科医)と免疫学を教えいただいた安保徹(新潟大学教授)患者の生活環境を整えることで直るんだということ、大変学んでみて、実際にクライアントを見てみて共感を得られました。3月よりは更生保護法人(智光寮)に勤める事になりました。引き続き社会貢献の仕事であります。どこかでお会いしたら声をおかけください。
第三十一回ブリリアント祭り(最終回)をおえて
私は自分のソロの歌が難易度高め設定だったのでギリギリまで練習していた。
8月にはもう本番用伴奏用MDができており、(これも伊藤剛さんのおかげの知識で出来たものであるが,)9月初めから4,5回総合練習がブリリアントで行なわれたがこれは練習発表会みたいなもので、個人レッスンは各自自分からブリリアントに行って音楽室でMDを操作して、スマホで録音するようなことを何時間もやる必要があった。9月は週2.3回は(X3回)個人レッスンを行った。最後の最後でまともに歌えるようになったが、当日になって、良し俺は歌えると思ったら、猛烈なゲロゲロ病が発生しこれはいけないといったん自宅に帰り、実はこれを想定して朝食は摂ってなかったが、とにかく口に指を突っ込んで胃を思い切りけいれんさせて、もうこれが数時間は起きないと自覚できるまで頑張った。そしてドンペリドンという吐き気止めも飲んで、会場に戻り、再チャレンジしたら今度は頭で何度も暗記した曲のメロディーが出てこなくなり、とにかく原曲を聞くのが一番とばかりにCDを何度も再生して感覚を取り戻そうと必死に聴いた。
結局ぶっつけ本番みたいになってしまって内心「コリャーだめだあ~あ」とおもって覚悟を決めてトークをはじめて、それは何とかいった、さあ歌だ!伊藤さんがMDを操作する、曲が流れてくる、「はてぇしーなぁいぃ、大 空と 広い大地の その中で」と歌いだしたら僕の中で何が起きてるのかわからなくなり、ただひたすらに無心で神がかっていて口が動いたのです。
気が付けばあと少しで歌い終わる、最後まで頑張ろう!で録画ビデオを見るまで自分の状況が分からなかったです。伊藤さんが次の日にはもうクラウドデーターとしてアップロードしてくれて、ダウンロードした後で、恐る恐る自分を見ました。そこにはほぼ個人レッスン時の納得いく歌が録音されており、よかったーと脱力してしまったです。これが宇野君の実際だったのです。
僕は思いました。神様がいるいないどちらを信じてもいいが、僕の場合は少なくとも練習しただけの成果はちゃんと神様が与えてくださったんだなあと。11/4にまたこの曲を歌う祭りが自分の作業所でありましたが、この時は平気でした。この時僕は思いました。芯の自信とはこういう体験を何度も何度も経験することで作られていくんだなと。ただ私は音響操作係もやっていたためこの曲のすぐ次からまたPAスピーカ音量、モニタースピーカの音量、リバーブの調整、MD局番の調整、CD6枚の特定とその何番から再生するのかを音響ノートを作ってマジックで書き込み操作しました。これらの工夫が功を奏し、ブリリアント祭りが成功に終わったのでした。自分の技量に自信を持った私はこういった大掛かりで神様まで登場するような真剣勝負に次もやりたいなと強く思ったのでした。私の音響係をあえて公言くださった、シャンソンで愛の讃歌を歌いになられた田中操さんにはあらためて感謝いたします。妻の晴美も抜群のトークと手話で応援してくれて改めて言います。ありがとうございました。私は君と結ばれてよかった。これからもよろしくお願いします。健康で長生きしような。
これが私の生きる道
36歳の時、耳の手術をした。その結果、顔の左の口角が下がってしまった。顔面麻痺----。
夢なら醒めてほしい。
しかしそうはならなかった。今年で48歳になる。もう12年が経とうとしている。
コロナの時はマスクで顔を隠した時もあったけれど、マスクを外したら向こうから歩いてくる小学生に、すれ違いざまオバケと言われた。病院の先生(私を顔面麻痺にした張本人)に、「小学生にお化けと言われた」と少し興奮気味に言うと、「小学生に言われたことを真に受けちゃいけないよ」と一笑された。「お前のせいでこんな顔になったんだ!!」と言ってやりたかったが言えなかった。
顔面麻痺になったばかりのころそのことを伝えた人に、「受け入れるしかないね。」と言われたことがある。
受け入れるって何?
調べてみると、ありのままの自分を受け入れること・・・とあった。
わかりやすく言えば「まあいいか」とあきらめることかな?
私は女優でもないし、モデルでもないと自分に言い聞かせる。B型作業所に通う障害者だ。
何度もあきらめようとしたけれど、あきらめきれない。受け入れることなど無理なのである。
Time heals all wounds. という英語の格言がある。時間がすべての傷を癒してくれるという意味だ。しかし私は、100年たっても癒されない傷を負ってしまった。
ブリリアントのみなさま、本当にありがとうございました。
ブリリアントの皆さまとのさまざまなことを振り返りながら、今回も寄稿させていただきます。ブリリアントのみなさま、長い年月、共に歩んでくださり本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。
☆彡月訓カレンダー☆彡2月 如月 -きさらぎ-
「ほのかな光で花は開く」
わずかな光の下でも植物が少しずつ育つように
日々の小さな出来事も
自分の糧としていくことが大切です。
(浄土宗月訓カレンダー令和7年2024年 より)
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
ほのかな ひかり
ほのかな ささやき
ほのかな いろ
ほのかな かおり
ほのかな光で花は開く
お空も 木の葉も つぼみも
わずかな光の下で ほのかな光で
ほのかなぬくもりを感じる2月
お空は ほのかに 流れてる
ここちよい2月
我が家のお庭もほのかな光の下で
小さなできごとにありがとう
ありがとう おかげさま
♪ボランティアグループ“ふれあい”イメージソング♪
~ぬくもりの中で~
やさしさと あたたかな ぬくもりの中で
命かがやき 笑顔の花が咲く
やさしい陽射しにつつまれて
寄り添い ふれあい ぬくもりを感じる
誰もが探し 誰もが求め
人との出会いを互いのやすらぎを
あたなと私が出会う その時
命かがやき 笑顔の花が咲く
しずかな流れにつつまれて
やさしく波打つ この命
誰もが探し 誰もが求め
人との出会いを 互いのやすらぎを
人との出会いを 互いのやすらぎを
コミュニケーションのあり方でもある「傾聴」の学びを続けながら、
組織にはせず、一人ひとりが自分らしくいられる場創りに努め、よりよい人生を送るために何ができるのかを、様々な場での出会いから共に学び歩んでいます。今年も「できる時に できる事を 無理なく」歩んでいきます。
☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆
~ご案内~
☆2月24日(月・祝)開場13:00 開演13:30
2024年度傾聴ボランティア講演会第3回「語ること」と「聴くこと」 の意味
鎌倉利光先生 (愛知大学文学部教授 博士(教育学)公認心理師)
前半「傾聴ボランティアの心得」
後半 ワーク
会場 豊橋総合福祉センター あいトピア 3階多目的ホール
参加費 500円
☆3月22日(土) 「いのちの旋律」 開場13:00開演13:30
会場 穂の国とよはし芸術劇場プラット 創造活動室Aにて
参加費 大人2000円 小・中学生1000円
共催ボランティアグループ “ふれあい” SONGSTERS
♪出演者♪
ヴァイオリニスト・音楽療法士 濱島秀行
シンガーソングライター 杉浦貴之
Espacio 鎌田浩史(ピアノ) 加川由梨(ヴァイオリン)Kenzou(パーカッション)
響きのアーティスト KOTARO(ハンドパン)
☆5月18日(日) 開場12:00 開演13:00
船戸崇史先生講演会「今を生きる」シリーズ第4回
『困難は何のためにあるのか?~私の在宅医療を支える死生観~』
& こころのケアコンサート
会場 豊橋市総合福祉センター あいトピア 3階 多目的ホール
参加費 1000円
☆お申し込み & 問い合わせ
電話 FAX 0532463267携帯09063516238(鋤本)
*詳細はチラシ画像をご覧ください~。
天竺巡礼の旅
私はこのたび縁あって、インドに旅行に行くことになった。一月二十二日から一月二十九日の八日間の旅だ。
インドは初めて行ったがビックリすることばかり。まず道路に信号が無い。私達を乗せたバスは目的地に向かって走るのだが、そのバスの前を堂々とオートバイが我が物顔で走る。”どけ!”とばかりにバスは警笛を鳴らす。また、オート三輪は走る。人間も歩く。道路を横切る人もいる。わきを見れば牛の群れがトボトボ歩いている。そのたびにバスは警笛を鳴らす。”ブオン! グオン! バンバン! ブーブー!” こんなにうるさく、やかましいバスには乗ったことがなかった。
町中を走ると道の両側には市場が立ち並び、キャベツ、ブロッコリー、玉ねぎ、ニンニク、人参、インゲン豆など野菜は豊富だ。その市場に挟まれた道路は、バス一台がやっと通れるほどの狭さ。人もいっぱい歩いている。野菜を売る人、買う人たちでごったがえしている。警笛は相変わらず鳴り響き、バスは道をぬうように進んでいく。
田舎道に来ると、レンガ作りの牛小屋のような小さな民家が立ち並ぶ。ここの人々は牛やヤギといった動物達といっしょに暮らしている。牛やヤギの乳をしぼり、売りに行く。牛の糞は平たいおせんべいのような形にして、家のレンガ壁に貼り付け、乾燥させて燃料にするらしい。その灰は? といったら石鹸の材料になるのだ。自然と共に循環する生活を送っている。今の文明に首まで浸かった私達には考えさせられることばかりだ。そして彼等は、少しも不幸せそうには見えない。とても幸せそうな顔をしていた。
目的地の遺跡に着くと、歩道の両側には、両手を差し出して「金をめぐんでくれ!」とばかりに、物乞いが並んでいる。彼等から目をそらせば、今度は物売りが「センセー、センセー!」と日本人を呼び止め、物を売り付けてくる。かなりしつこくついて来る。皆すべて無視して同じツアーの集団から迷子にならないように必死に歩く。
そんな毎日だったが、一番困ったのは水だった。しっかり消毒したペットボトルの水しか使えない。レストランでも水持参だ。まずお皿やフォーク・スプーン等を、滅菌効果のあるウェットティッシュで拭いて消毒してから使う。生野菜、くだもの、ジュース類はいっさいダメ。火の通った物しか食べられない。それに、ほとんどの料理は味付けが辛すぎて、私の口に合う一品は無かった。
一日のスケジュールが終わり、ホテルに帰ったら温かいお風呂に浸かって疲れを取りたいところだが、シャワーしかなかったり、湯船があっても湯が出なかったりで、散々だった。歯みがきもホテルの水ではダメなので、ペットボトルの水で口をすすがなければいけない。シャワーも水を目や鼻の粘膜に触れさせてはいけないので、目をつぶったままで必死だった。
そんな八日間だったので、疲れて果ててはいても、日本に帰って来ただけで生き返った気がした。
今は日本にいる幸せをしみじみと感じながら、日本は良い国であると実感しながら、インド旅行をふり返っている毎日だ。
編集後記
インド旅行から帰り、しばらくはエネルギーゼロ!の気力の無い日々が続くのかと思っていたのですが、日本の水のありがたさに元気が盛り返り、毎日インド旅行を想い出しながら活発に過ごしている今日この頃です。
先日、実家の東栄町へ所用でドライブした深夜の帰り道、偶然ラジオのNHK-FMから、小説の朗読が流れてきました。川上弘美さんの「センセイの鞄」という小説でした。朗読の方の読み方も上手でしたが、さすがに、原文の洗練された、人間の心理の襞を微妙な表現で描く文章にココロを打たれました。皆様もぜひどうぞ! お勧めします。