レッツ ブリリアント 2021/01 第83号

発行者
精神障碍者社会復帰施設
特定非営利活動法人(NPO法人)ブリリアント 施設長 曽我 洋秀

住所 〒 441-8145 豊橋市駒形町字坂口56番地
TEL 0532-46-0033
FAX 0532-46-0163

URL http://brilliant-gh.sakura.ne.jp/

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令和3年1月18日発行

明けましておめでとうございます。

施設長 曽我洋秀

今年も宜しくお願い致します。

昨年に引き続き卒業生を輩出した事をご支援を頂いた皆様に感謝致します。コロナに始まりコロナに終わった年でありました。お陰様で、良く考える時間も与えられ悪いことばかりでは無かった気が致します。やはり自立支援は相手をより深く理解し、支援して行く事だと思われます。

素晴らしく回復して行かれる方が見られますが、自分の好きな事を見つけられ、続ける事で回復して行く様ですね。年末年始には、卒業生やクライアントからメールや年賀状で安定して暮らしていると、お返事を頂き嬉しく思います。ブリリアントの名前の由来の様に光り輝く人生を送って頂けます様に願って、新年の挨拶に変えさせて頂きます。

令和3年1月1日

明けましておめでとうございます

白井千雄(寮生75才)

明けましておめでとうございます。令和3年が始まりました。昨年は新型コロナウイルスが世界的に流行して東京オリンピックが延期になりました。コロナウイルスが撲滅されて東京オリンピックが開催される事を祈っています。

私は認知症のテストを受けてなんとか合格をしました。昨年の12月22日に東三河免許センターで免許の書き換えをする事が出来ました。安全運転に心掛けたいと思います。

2021年 目標

小柳津昇久(寮生61歳)

2021年の目標は、話を長く続ける、健康第一です。

話を長く続けるには、何十種の本を読んだり、ニュース、新聞を観て、知識をみにつけて話を長く続けていきたいです。

健康第一は、昨年は高血圧と白内障になりました。高血圧と白内障の治療をして、コロナと風邪に気をつけてこれ以上悪くならないように気をつけたいです。

入居して約一年

佐藤雅浩(寮生49歳)

僕がブリリアントに入居してから早いもので約一年が経ちました。昨年はコロナ禍のため、慰問活動やイベントなどが中止となってしまい、ちょっとさみしい一年となってしまいました。そんな中でも今年の元旦はみんなで百人一首やトランプ遊びをしたり、三日には金剛寺と竹島に初詣に行ったりしました。竹島でおみくじを引いたら末吉でした。今年はコロナが早く収まって、いろんな事が出来るようになればいいなと思います。

はじめまして

酒井 貢 (寮生)

まだ、ブリリアントに、入って三週間で、右も左も分からずにいます。奥さんのつくってくれる料理を毎日食べさせてもらいありがたく思います。今、畑の仕事はつらいですが特に、畑の仕事には力を入れてやってゆきたいと思います。

最近、図書館に行って出会った本

森下 昌洪(支援者)

「不食という生き方」は、弁護士であり医学博士でもある秋山さん(1969年生まれ)が出版した文庫本幻冬舎、にはびっくりした。食べなくてもいい、否定しなくてもいい、争わなくてもいい、悩まなくてもいい、で構成されている。世の常識から離れ、あるオーストラリアの指導者について、実践に基づいた経験談が語られている。

断食と不食の違いは、断食は食欲を断って無理に修業のようだけれど、不食は食べたければ、無理に食欲に逆らわずに、肉、魚などを少量食べて、楽しむことも必要だと思う。玄米、菜食、無農薬に縛られなくても、大らかに捉えているところに気に入った。ホメオパシー代替医療が盛んなイギリスへ行って勉強されている。

ちょっと信仰くさい。気、「プラーナ」を食べているから、生きられるらしい。元々は、ヒマラヤ聖者そのものの生き方、のようだ。秋山さんは、食べなくなってから睡眠は、二時間ぐらいだそうだ。不食を家族、特に妻に告げたときの驚きようは、半端でなかった。不食は、他人に強いるものではなく、各個人の自由意志を尊重しなければいけない。何々を食べるべき。減らすべき。いずれも強制的な思考。ノンストレスでリラックスすれば、自然に量は減る。ダイエットや断食を推奨していない。

人は悲しい、寂しいと食べたくなる。暇になると食べたくなる。つまらないと食べたくなる。悩み事が増えると食べたくなる。全くその通りだと思う。江戸時代まで一日二食だった。これだけ実行するだけで体が変化する。人間の体は飢餓に強く、過食には弱いと知る事。そして食べ過ぎると頭の働きが鈍くなる。僕がシャンソンライブに出演する時は、絶対に食べ物はとらない。食べると血液が胃腸に集まって頭の働きが無くなり、歌詞が浮かんでこなくて、さらに苦しくて上手く歌えなかった。

秋山さんが不食を始めてからは、人生が変わり競争から共生へと魂がシフトチェンジし、生きるのがこんな楽だとは、思わなかったと云っていた。こんなコロナ禍では、世界がお互い様で暮らし、利益を分け合う、生活を心掛けたい。

2020.11.18

新しい年を迎えて~

支援者 鋤本 惠美

一日一日が よりよい一年、よりよい人生へとつながりますように。

穏やかに健やかに。今年もお空を見上げて光の中で共に~。

     皆さまよろしくお願いいたします。

  新しい年を迎えた朝も、空にはまあるいお月さま

お月さまを前に、お陽さまを背に受けて始まる新しい一日

お月さまってね いつも いつも まあるいんじゃないのよね

   右半分になったり 左半分になったり 

    そら豆さんみたいになったり 

   細くなったり 見えなくなったり 

  ゆっくり ゆっくり くるくる くるくる回りながら 

  いろいろな形になって。。。まあるくなって。。。 

その繰り返しで ずーっとずーっとかわりなく共にいてくれる。

    そんなお月さまをながめているとね、なんだか身近に感じてね、 

いつもいつもまあるくなくていいんだよね~ いろんな形いろんな「私」がいるけど~

こねこねしてるうちにまあるくなって。。。また形を変えながら。。。こねこねしてるうちに

  まあるくなって。。。見えなくなって。。。新しい「私」が生まれる。。。。。

        そんな繰り返しがずーっと 続いてく

        お陽さまはいつもいつもまあるくて

そんな「私」をずーっとずーっとかわりなく、にこにこ見ていてくれる。背中をあたためてくれる。時おり雲に隠れたりしちゃうけど・・・お空の窓を開けて「ここに いるよ」 って

顔を出してくれる。木の葉の合間からも、きらきら光射してメッセージを送ってくれる

ことしもお空を見上げて  お月さまにありがとう  お陽さまにありがとう

ことしもお空の言う通り あちらとこちら 光の中を わたしと共に あなたと共に 

“ 何があってもだいじょうぶ” と くすの木おじさんが言いました。

        新しい年を迎えて~

    続けてこれたことを 続けていけるまで 続けていきたいな

同じ空の下 光の中で 今日も 健やかに 穏やかに  ありがとう おかげさま

        ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

STOP石炭火力発電へGO!

杉浦 依和夫(支援者・ヨガ講師)

 いつか乗ってみたいと、“♫ 私は旅に出ます~8時ちょうどの~♪狩人の唄にある ・・・。

 昨年6月土・日曜日、私が所属する研究会(船井総研傘下の会社)の感謝祭が品川で行われた。それに乗じて、日曜をキャンセルし新宿から目指すは松本へ2時間半、そう、あの“あずさ2号”とはいかないが、10時発長野行あずさ13号の特急全車指定席は、ハイテクが駆使され快適であった。千曲川は望めるべくもないが甲府に停まるとは思わず、富士山の勇姿をみてとれたのは望外の歓びであった。

 さて、松本芸術センターで行われたのは、NHKクローズアップ現代の元キャスターであった国谷裕子アナウンサーの講演会で、議題は“SDGsの推進”である。「持続可能な開発目標」は17項目で構成されている。気候温暖化、貧困をなくそう、教育の向上、飢餓から救う、海洋汚染、水資源、気候変動など掲げている。

 因みに、SDGs指定地区として、愛知県と豊橋市が選ばれている。しかし、未だ両方とも方向、具体策がまとまってないと聞き及んでいる。

 それにしても、なぜ17だろうとちょっと弄りたくなる数値だ。聖徳太子の“十七ケ条の憲法”がある。この数値には特別な意味が隠されているという・・・好奇心か少し沸々と・・・、探ってみたい気がする。

“ガイア”という言葉がある。これは「地球は一つの生命体である」と言っている。地球上で無頓着なことをやれば、疲弊してその循環機能は低下しいつか住めなくなるだろう、とはイギリスの博士が提唱したものである。

 温暖化対策が急務、豪雨・スーパー台風、海水温上昇、絶滅危惧種の増加などなど多種多様な影響を及ぼしている。して、これらの元凶がCO2(二酸化炭素=炭酸ガス)である。

 発電では、石炭火力発電が最もたるから廃止すべきと唱えているが、私は早計にも思うが。自動車の排気もある。また、我らヒトも酸素を吸い、炭酸ガスを吐くことを忘れてはならない。河川湖沼の底から、下水道や側溝の汚泥水やヘドロからもメタンガスが発生し(CH4 + O2 → CO2 +2H2O)酸素と反応し生成されよう。

 発電に於ける排出は、火力(石油・石炭・天然ガス)80%超、原子力1.7%、再生14.5% → CO2排出は発電量当たりのグラム量で言うと、石油9.3キロワット時/738g、石炭32.3/943g、LPG42.2/474gで、再生エネは風力26g、地熱13g、バイオマス、太陽子38g、水力11gとなっている。

 パリ協定は、平均気温上昇抑えるために各国に排出先言を求める枠組みで、COP21にて合意して成立したものです。2030年には、火力50%、再生20%、原子力25%他に、政府は目指すというが、“緑の党”は石炭発電の廃止、再生エネ50%以上、原子力の全廃棄を電力会社に要請している。

 国連は、2050年までには、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするように求めている。ゼロというのは、排出と吸収を均衡させるというもの、植物の葉緑素による光合成が自然である。森林、雑木林、植樹なるもので、道路などでコンクリート・アスファルト化を避ける、造らないことである。

 フランスでは自動車のガソリン・ディーゼル車を廃止し、電気・水素自動車にするという。

 いずれ、わが日本も早急に動き出さねばならないだろう。

 ただ、電力会社サイドからは、再生エネルギーは天候や、地熱も変動もあろうから定格電力を必要とするハイテク時世には不安材料である。それゆえ、化石燃料発電をゼロというわけにはいかないという。

 菅首相は所信表明で「脱炭素社会の実現を目指し、安全を最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立する」と述べ、さらに衆院質疑では「原子力を含むあらゆる選択肢を追究する」と答弁している。

 政権は、“温室ガス50年ゼロ”と引き換えに原発稼働を目論んでいる。

 太陽光、風力、地熱などクリーンなエネルギーで賄える社会にすべきことが被爆国の我が日本の使命であろう。目を覚ませ、菅統領よ!

新春時代劇「天才絵師の愛と絆」を見て

理事長 内田里枝

伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)の生い立ち

 若冲の鶏の絵は有名だが、どうしてそんなに素晴らしい絵が描けるのか、詳しい事は知らなかった。しかし、このテレビの時代劇を見て「なるほどな。」と感動した。

 若冲は京都錦市場の青物問屋の四代目として生まれた。商売もそこそここなし、皆に好感を持たれる存在だったが、それだけでは満足できない自分がいた。絵を描くことが好きで、何か胸の内から込み上げてくる稲妻のようなエネルギーとどう向き合っていったらいいのか悩んでいた。

 ある時、その若冲が描いた鶏の絵を見て感動した僧侶がいた。普通の常識から見たら鶏の首も変に曲がり、草木の葉も枯れていたり虫が食って穴が空いたりしていて、構図もおかしい絵だが、何か宇宙を感じると言って、買って行った。

若冲の雅号の由来

 ある日、若冲はお寺の境内で道ゆく人にお茶をたてては飲ませている一人の老人と出会う。90才に近く仙人のような風貌の彼は美の達人で皆から師と崇められていた。そこで使われていた茶道具の一つの名が“若冲”だった。一目惚れした彼は「素晴らしい名だ。ぜひ自分の雑号に頂きたい。」と申し出た。それが若冲という名前の由来だった。

僧侶との友情、愛と絆

 実は、その茶道具に若冲という名前をつけたのは、あの鶏の絵を買って行った僧侶だったのだ。二人は出会い意気投合する。

 僧侶の名は大典という。禅の修業の傍ら漢詩も嗜み、ちょっと名の知れた人物だった。大典は修業しても修業してもつかみきれない仏道に悩んでいた。若冲の絵に宇宙を感じ、何かを学べるかもしれないと思った大典は、彼に絵の世界を極めることを勧める。若冲も思いは同じで何か手応えが欲しかった。二人は手を取り合い目的に向かって進むことを誓い合う。若冲は家業を弟に譲り、絵の道に進むことを決心した。大典は先ず若冲にお寺にある、ありとあらゆる襖絵を模写することを勧めた。

大典の嫉妬

 三年が過ぎ若冲はふと気づく。何千枚と模写してもそれは本物ではない。生きていない。それを聞いた大典は、若冲がかなりのレベルに達したことに気付いた。と同時に嫉妬した。自分が若冲の足元を照らしていたとばかり思っていたのに、その若冲は遥か遠くに行ってしまって、自分は取り残された。立場が逆転してしまったと思ったのだ。

 大典だとて詩の世界を極めたい。しかし禅の修業もせねばならず、若冲のようにはいかなかった。大典は焦り、大決心をする。僧侶という地位も寺も捨てて詩の世界を極める旅に出ると。

 若冲は常々、絵の世界も仏教の禅に通ずる所があると思っていた。彼は大典に「僧侶になりたい。仏道を修業して絵の道を極めたい。」と言った。それを聞いた大典はひどく怒り「禅の修業はそんなに甘いものではない。」と厳しく叱った。それで若冲もこれからは模写ではなく本物を見て描く旅に出ることを決心する。本格的な絵の修業に入ったのだ。

相国寺の30幅の掛軸

 若冲が言う。「今なら描ける。描ける気がする。30幅の掛軸と釈迦三尊像。」大典が言う「そんな大作…。命を落とすぞ!!」「私は死なない。これが出来上がるまでは、貴男にそれを見せるまでは。貴男とあの時、誓ったではないか。」その時若冲は40才になっていた。

 若冲は来る日も来る日も描き続け、ついに30幅の掛軸と釈迦三尊像を完成させた。それを相国寺に寄進し、大典を招いた。相国寺の住職は「これは未来永劫この寺の素晴らしい宝となろう。」と喜ばれた。住職は大典が若冲をここまで成長させた事を知り、大典が元の僧侶になることを許した。

 若冲が言う「いつまでも私のそばにいてほしい。」
大典「友としてか?」
「そう、いつも自分の足元を照らし続けていてほしい。」

 二人は手と手を取り合って友情を確かめ合った。

 仏道の修業も絵の修業も結局は同じ道。到達点は一つのような気がした。高い山の頂上は一つ。どこから登るかで、いろいろな道がある。若冲は結局、絵というものでそれを達成しようとしたのだろう。

レッツブリリアントNo.82を読んで

ふれあい「傾聴ボランティア」 瀬尾正幸

レッツブリリアント 82号:伊藤さんの「地域におけるグループホーム」から

 ある本にこんな記事が載っていました。

「数か月後に出産を控えた娘から電話があった」。

 娘さんは「お医者さんから、胎児に異常があると言われた」と言って、電話の向こうで泣いていた。

 そんな娘が不憫に思えて、母親は中絶を勧めた。しかし、娘さんはこう言った、「診察のとき、画像に映る赤ちゃんの心臓の鼓動に愛おしさが込み上げてきたの。産んでもいいでしょ。障碍があるからといって、何故この子を産んではいけないの?」と。

 一週間後、娘さんが里帰りをした。電話口で泣いていた娘とは打って変わって、気丈に振る舞う姿に、母親は驚いた。

娘さんは笑顔で言った。「お腹の子はね、親を選んで生まれて来るんだって。私たち夫婦は優しいから選ばれたんだよ」。

 母親の耳にそれは、娘が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

 2、3日実家に滞在した。そして嫁ぎ先に帰る前日の夜、娘さんは、「お父さん、お母さん、初孫が障碍をもっていてごめんなさい」と言って、深々と頭を下げた。

 この一言を伝えたくて里帰りしたのだと、母親は悟った。その言葉に娘の覚悟を知った。あの気丈に振る舞う娘の姿は、「産んで育てる」という覚悟をした「母」の姿だったのだ。

 我が子の大変さばかりを考えて、今、お腹の中で必死に生きている生命の尊さを見失っていた。母親は、安易に中絶を勧めた自分を恥じた。そして、決心した、「私も腹をくくる!」。

 私はこれを読み返すたびに目頭が熱くなります。

 朝、近くの公園にラジオ体操に行きますと、男の子二人を連れて来るお父さんが見えます。下の子は障碍児です。上の子は小学4~5年生でしょうか?下の子とサッカーボールを使ってふざけ合っているのを、お父さんは優しい目で二人を見ています。きっと、お母さんも優しく明るい家庭なんだろうなと想像します。障碍の子を持つ両親の大変さを理解することができる、などと安易に思っていませんが、温かく見守っていきたいと思います。

 障碍者だから、他者とどこか違うからといって顔も知らない見ず知らずの人からネットなどを通じて誹謗中傷される、そんな差別的な視線を向けられる社会、残念に思います。

 理事長さんのお孫さん、キリンの絵で委員会賞、嬉しいでしょうね。長いキリンの首を初めて見てどう思ったのだろう、どんな色を使ってキリンを描いたのだろう、と想像しています。

 先日(10/20)、名古屋の東山動物園でキリンの赤ちゃんが生まれましたね。母子ともに元気だそうです。これからも元気に成長するといいですね。

行事報告  令和2年10月~12月

10月
10/1 (木)お話し会、お月見
10/3 (土)畑の仕事
10/4 (日)花の木公園(釣り)・新城総合公園
10/8 (木)お話し会
10/11(日)ピクニック(動物園)
10/13(火)新聞綴じ
10/15(木)誕生会(澤田さん、小柳津さん)・送別会(伊藤さん)
10/17(土)畑の仕事
10/20(火)ケア会議、酒井さん体験入寮(10/20~10/27)
10/22(木)お話し会
10/23(金)夢フェスティバル説明会(ココニコ)
10/24(土)畑の仕事
10/25(日)オレンジフェスタ出演(松葉公園)、曽我先生カウンセリング
10/28(水)庭木の手入れ(支援者)
10/29(木)お話し会

11月
11/1 (日)畑の仕事(花の土替え)、ふれあい講演会(曽我先生講演/あいトピア)
11/5 (木)お話し会
11/7 (土)駒形神社掃除
11/8 (日)作業(雑木の片付け)
11/12(木)お話し会
11/14(土)畑の仕事
11/19(木)お話し会
11/21(土)畑の仕事
11/26(木)お話し会
11/28(土)畑の仕事
11/29(日)曽我先生カウンセリング

12月
12/3 (木)お話し会
12/6 (日)駒形神社掃除、夢フェスティバル出店(ココニコ)
12/10(木)お話し会
12/14(月)担当者会議(可知病院)
12/17(木)お話し会
12/19(土)畑の仕事
12/24(木)クリスマス会、お話し会
12/26(土)畑の仕事
12/27(日)大掃除、曽我先生カウンセリング
12/31(木)大晦日、駒形神社初詣

ブリリアントにご協力いただいた方々

北川藤良様、鋤本恵美様、澤田竜弥様、杉浦依和夫様、森下昌洪様、曽我洋秀様、佐溝力様、山口京子様、井上浩様、菅谷君男様、兵藤昇様、稲村絹代様、ボランティアグループふれあい様、豊橋善意銀行様、カリオンビル様、豊橋市社会福祉協議会様

ブリリアントにご寄付下さった方々

金原光昭様、伊藤洋様、金原博昭様、天野裕子様、曽我洋秀様、鈴木静子様、北川藤良様、大橋善行様、井上浩様、藤井様、木下真男様、梁川美根子様、金子様、大須賀良子様、金原康純様、白井様、伊東信子様、小栗節子様、七森尚子様、大沢良江様、山本小夜子様、(株)金トビ志賀様、(株)ピュアオフィス矢車草様、(株)造船サービス様、豊橋善意銀行様、有楽製菓株式会社様

いろいろとご協力、ご支援ありがとうございました。

編集後記

 新型コロナウイルスのおかげで去年一年間は何の行事も無く過ぎてしまいました。今年こそは地域活動、イベント等で寮生が活躍できる年になればと思っています。
内田 里枝
 先月から新たに酒井さんを迎え、畑作業にも力が入ります。ブリリアントの中は換気のため廊下の窓を開けっ放しにしているのでとても寒いのですが、階段の踊り場の窓からは桃色の梅の花がすぐ近くに咲き、心を和ませてくれています。
内田 一恵
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