レッツ ブリリアント 2006/07 第25号

発行者
精神障碍者社会復帰施設
特定非営利活動法人(NPO法人)ブリリアント 施設長 内田 秀司

住所 〒 441-8145 豊橋市駒形町字坂口56番地
TEL 0532-46-0033
FAX 0532-46-0163

URL http://brilliant-gh.sakura.ne.jp/

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平成18年7月1日発行

NPO法人ブリリアント

理事長 内田秀司

 ブリリアントを設立してから13年になります。この4月からはNPO法人を立ち上げ 「NPO法人ブリリアント」として新たなスタートを切ることになりました。毎日社会復帰を目指して仕事をしたり作業所に通ったりするかたわら、この13年間ブリリアントは色々な活動を行ってきました。一番の行事は毎年11月の第二日曜日に行っている。「ブリリアント祭り」です。駒形町の公民館をお借りして野外コンサート(フラメンコショーだけは公民館内にて)、模擬店など地域の方々にも大勢参加していただいています。昨年はその様子がケーブルテレビでも放映されました。そのお祭りで活躍しているのがブリリアントの寮生達で結成しているコーラスグループ「スターダスト」です。がんばって、去年より和太鼓もメニューの中に加わりました。お祭りで歌を聴いていただくだけでは物足らず2年前よりこのコーラスグループに支援者の演芸を加えた訪問交歓グループ「ブリリアント」を発足し、各種の施設慰問を行っています。老人福祉施設、知的・身体障碍者の福祉施設を月に一回の割合で訪問し、楽しみながら活動を続けています。

 それから、ブリリアントの活動で人気のあるのが「お話し会」です。毎週木曜日の夜6時半よりブリリアントの食堂にて行っています。寮生以外に一般の人も自由に参加できます。一人一人、心を裸にして安心して語り合える場です。毎回ゲストが数名参加してくださって盛り上がっています。私たちの一番の楽しみは年に一度の一泊旅行です。今年は茶臼山のロッジに泊まり、修学旅行に行ったような気分を味わいました。バーベキュー、キャンプファイヤーもひんやりしたおいしい空気の中で格別でした。

 あとはこの機関紙「レッツブリリアント」の発行です。今回で25号です。寮生たちの日常の作文は、楽しみにしていてくださるファンが全国にいます。また一般の方々も投稿して下さいます。これはブリリアントのホームページにも載せていますのでご覧下さい。

 そんなこんなで忙しい毎日を送っているブリリアントですが、関心のある方はぜひ見学に、遊びにお越しくださいませ。お待ちしております。

楽しかった魚釣り

匿名希望(寮生22歳)

 平成18年6月4日の日曜日、私は施設長さんと二人で魚釣りに行きました。場所は伊良湖岬でした。11時頃に行く予定だったのでまず昼食のお弁当を作り、私はおにぎりを4個作り、施設長さんと2個ずつ持って行きました。11時頃にブリリアントを出発し、目的地まで約1時間のドライブとなりました。私は道中の車の中で、今日はどんな魚が釣れるのか期待と不安でワクワクドキドキでした。

 目的地に着いた時には昼だったので釣りをする前に腹ごしらえでお弁当を食べました。外で食べるおにぎりはすごく美味しくてあっと言う間に全部食べきってしまいました。そしていよいよ釣りへ!私は釣りには2、3回来たことがあるのですが、いまだにえさの付け方などがわからなくて全部やってもらいました。釣竿の投げ方も教えてもらったのですが、はじめのうちはまっすぐに飛んでいったのに、そのうちにだんだん横に飛んでいき、しまいにはテトラポッドに仕掛けの針とえさのミミズを海の中に落としてしまったのですが、今度こそはという思いでまた投げました。しかし、どうにもだめだったので、私は「あーあだめだな」とつぶやいていたら「ここじゃだめだから砂浜に行ってまず最初に仕掛けをまっすぐに投げることから練習しよう」と言われました。えさのミミズを針に引っ掛けようとしたのですがなかなかのくせ者で言う事を聞いてくれずに、手の中から逃げていこうとしたのでえさを付けてもらい、一生懸命まっすぐに飛ばす練習をしました。

 練習をしながらふと前方を見た時、施設長さんが大きなカレイを釣っていたのでうらやましいなと思いながらも私は一生懸命くじける事なくがんばり「もうこれでだいだいいいだろう」と思い、また一緒に釣っていましたが、なぜか私に釣れるのは海藻ばかりで魚は一匹もあたりがありませんでした。そして帰る時間になったので後片付けをし、またブリリアントへ帰ってきました。

 とっても楽しかったのですが、この日は曇り空だったのに紫外線が強かったのか日焼けをしてしまい帰ってから日焼け止めをしても効果はありませんでした。これが唯一の失敗でした。でも、海へ行って一番良かったのは元気をもらえたことです。やはり自然のエネルギーはとてもはかりしれないすごい力を持っているんだなと思いました。今回海釣りに行けた事は、私にとってとてもいい経験になりました。魚は釣れなかった…..。これは、運がいい悪いというより釣れなくても自分が楽しんで行けたというのに私は満足しているし、思い出にもなりました。また行きたいです。

訪問交換グループの活動について

宇野和男(寮生41歳)

 僕はこれまで4年間訪問交換グループ「ブリリアント」においては、繋がる色々な支援者さんたちの中で、自分が唄を如何に上手く歌うかという一点だけにとらわれてましたが、5月31日の慰問で、慰問とは、またボランティアとは・・・喜んでいただいて初めて価値があるものだということに初めて魂のレベルで解りました。心に愛がなければ優しい慰問は出来やしないことも。これまでは歌練リーダーや音響機材の仕事をし、また自分のソロの曲の出き不出来とメンバーさんの活躍を見て、まるでお客様たちを何処か見下したようなところがありました。こういうのを偽善者ということもわかりました。この気づきにたどり着いたのも最近になってようやく父親を一人の男としてして許すというとても大切な事にようやく目覚めたことと関係が有ります。

 そうした背景があっての慰問本番のソロで、細川たかしの「望郷じょんから」だったので(1節:♪帰るに帰れぬ土産も無しに~)これまで経験したことの無いほどの熱唱になりました。自分の立つ場所を考えて生きていかないと誰にも相手にされなくなるので、今年は2回目の誕生年として愛情をもっともっと色んな場面で発揮して日に日に人間的に育っていこうと思いました。41歳にもなって何が!・・・、といわれるかもしれませんが心の同じ人間同士助け合いながらやって行きたいです。これからもよろしくお願いいたします。

ブリリアントの生活

竹内艶子(寮生61歳)

 私はブリリアントに暮らして一年になろうとしています。ここの生活は五心(ハイという素直な心、いつも有難うという感謝の心、私のようなものでもという謙虚な心、させていただきますという奉仕の心、いつもニコニコ明るい心)この五心を食事の前に合唱してから食事をしています。私はこの五心を心にいつも持って毎日暮らしています。この一年間、クリスマス会、誕生日会、祇園祭、お話し会、月に一度の訪問交歓グループとしての活動(私の場合はソロの歌など)をしてきました。私は家庭の主婦で平凡な暮らしをしていました。ブリリアントに入ってからは毎日が勉強なんだと思います。

 一年に一度旅行があります。6月10日、11日と一泊二日で、茶臼山の楽しいキャンプに行ってきました。自然の緑の中で囲まれてキャンプファイアーをしました。次の日は東栄温泉に入ってきました。私はまるで寮生皆が家族の様な気がしました。私はこれからも五心の一つの「いつもニコニコ明るい心」を心に思って前向きに暮らして行きたいと思います。今年は2年目になります。毎日楽しく明るく暮らして行きたいと思います。

楽しかった一泊旅行

藤田一夫(寮生57歳)

 茶臼山にワゴン車とクラウンの2台で一泊旅行に出かける事になりました。おにぎりを作り、土曜の朝10時出発、豊橋の賀茂のしょうぶ園に寄って行きました。見終わった時点ですでに11時30分過ぎ、昼食の時間ですが県民の森で昼食をとる予定でしょうぶ園を出ました。大野の町中で施設長さんが用事を済ませている間に、近くの酒饅頭で評判の店で奥さんが酒饅頭と柏餅を買ってきました。今日の天気は曇り時々晴れ、暑くもなく雨に降られなければ良い天気です。道路も舗装されていてあたりまえかもしれませんが快適なドライブです。1時に県民の森に着き昼食をとり、ここでは字のごとく森があるだけで何もありませんでしたがここで食べる昼食は美味しかったです。そして昼食後、ごみ一つとして残さず持って茶臼山に向かい2時半過ぎに着き、今日泊まるロッジに部屋を取り(素泊まり1300円ほど)夕食は近くにあるバーベキュー場でとりました。昼食をとった時のゴミで持ってきた炭に火をおこし焼肉焼きそばなどを焼き夕食をとりました。

 こうしているあいだに山の天気は変わりやすく霧が出てきたりしましたが今日は雨に降られなくてすみました。夕食後キャンプファイヤーをしてみんなで色々な唄を歌い楽しい一時をすごしました。借りてあるロッジの部屋に戻り、風呂に入った後、みんなで大部屋でオイチョカブをやり10時頃寝ました。明くる朝、今朝は雨でした。7時半に朝食(定食500円)を食べ、後にコーヒーをいただき売店でバター飴を買い9時過ぎに茶臼山を後にして寮生の伊藤さんの家に寄ってからすぐ近くにある東栄温泉に寄り風呂に入りました。あまり気持ちが良いので心も洗われた思いがしました。(入泉料500円)そこの売店でみやげのわさび漬けを買い昼食をとり宇連ダム鳳来湖に寄って水が満々とありました。帰路につきブリリアントに着いたのはちょうど3時でした。またいつかもう一度行きたいなと思いました。

生きる

作詞:太田睦美  作曲:新田竜太

1あなたによって 悲しみを知りました
 有難う仲間たち 生かします(生命を)

2あなたによって  苦しみを知りました
 有難う仲間たち  見守ります(体験を)

3あなたによって  愛を知りました
 有難う仲間たち  輝かせます(天性を)

    これは、私の誓いの歌です。今までの出逢いに感謝を込めて


 この詩は、ブリリアントの支援者の太田睦美さんの作品です。素晴らしい詩なのでここに掲載させていただきました。

ジュリー物語(1)

世話人 内田里枝

 ジュリーと言っても元グループサウンズ「タイガース」の沢田研二のことではありません。昔飼っていた猫の名前です。その猫がとても個性的だったので一度文章に書いてみたいと思っていました。忘れないうちに。

 もう今から何年前でしょうか?今30歳の息子が小学校2、3年生の頃だったと思います。その彼がある日の晩思いあぐねたような顔をして帰ってきました。腕の中には痩せこけた子猫を一匹抱いていました。「お願い、ボクが世話をするからこの猫を飼って」

 泣きそうな声でした。なぜって主人は猫がキライで飼ってはいけないことになっていたからです。子供の話を聞くとこういうことでした。ピアノのお稽古の帰りに歩いていると一匹の子猫がヨロヨロと近づいてきました。そして子供の前でバタッと倒れて動けなくなってしまったと言うのです。多分、捨てられて栄養失調になっていたと思います。見捨てられずに拾って帰って来てしまったのは息子の性格を考えると無理も無いことでした。そこで、仕方なく主人を説得してその子猫を飼う事にしたのです。ガリガリに痩せてノミだらけの子猫ちゃん、名前はジュリーとつけました。灰色のシマシマの猫だけれど、ジュリーと雰囲気がピッタリの気がしました。

 飼う事になるやいなや世話をするのは私の役割にまわってきました。それはどこの家も同じようですね。ジュリーは日増しに大きくなって灰色のシマシマは見えなくなり真っ黒に黒光りする立派なオス猫になってきました。オス猫なので帰ってきたと思うと又出て行くという具合でほとんど家には居ませんでした。でもその中でも面白いエピソードがいくつかあるのでお話ししましょう。家に居る時はよく寝ていましたが、その姿が実に愉快でした。仰向けの大の字に寝るのです。こんな上向いて寝る猫なんて初めてだね、なんてよく私はあきれて写真を何枚も撮ったものです。それから、戸はなんでも開けてしまいます。襖でもサッシでも。どうやって開けるのかと見ていますと逆立ちして後ろ足を戸にかけ、「ウーンショ」と腰をひねるのです。さすがオス猫は力があります、戸が開くのです。しかし、猫は頭が良いのか悪いのかわかりませんが閉めることはしませんね。だからすぐ開けたことがバレてしまいます。

 近所でもジュリーのことは有名でした。なぜジュリーとわかるかって?それはしっぽが生まれつき、くにゃっと曲がっていたのです。骨が変形しているので硬く曲がりっぱなしなんです。近所にサキイカの袋詰めの内職をしている方がいました。そのいい匂いに誘われてジュリーがよく勝手にサッシを開けて出没したそうです。「ジュリーがまた来たよ!」ホント申し訳無かったです。

 また、こんなこともありました。畑の中にある我が家には小さな野ネズミがよくジュリーのご飯を食べに来ていました。ま、ジュリーものん気なもんだわ。あきれて私は薬局でネズミホイホイを買ってきて、台所の隅に置きました。さすがです。次の日に子ネズミが一匹かかりました。ここまでは良かったのです。ところがそれをジュリーが見つけてしまったのです。めったにお目にかかれないネズミです。ジュリーは興奮してベタベタのネズミホイホイの家に前足を入れてしまったのです。サァ大変!前足に付いたネズミホイホイは取れません。「ネズミを仕留めたぞ!」「ウー!」 大いばりのジュリーの大行進ですが、前足にはネズミホイホイがくっついているのでパタン、パタン、パタンと歩くたびにうるさいうるさい大行進となりました。「自分で仕留めたわけでもないのに大騒ぎして! それにあの音何とかならない?」

 私は頭にきて、そのネズミホイホイをジュリーの前足からバリッと剥がしました。パタンパタンの音は無くなったけれど、ベタベタの足で家中を歩き回ったため、家中の床がベタベタのやにだらけになり、後の掃除が大変だったこと。まったく人騒がせなジュリーでした。洗剤でも取れず、次の日一日中かかって掃除したのを思い出します。

 また、こんなこともありました。遊びから帰ったジュリーの首輪に何かが結び付けてありました。見てみるとそれは手紙でした。「クロちゃんは(ジュリーの名前を知らない)かわいい猫ですね。うちのミミちゃんと仲良しです。夏目より」そんな文面でした。まぁ!ズーズーしくよその家に入りびたっていたんだわ。それで何日も帰って来なかったんだ。それに夏目さんと書いてあるけど、近所にそんなお宅はありませんでした。私が知っているのははるか遠く離れた町内でした。「え、あんな所まで遠征して行ってたんだ」ジュリーの行動範囲の広さにチョッとビックリしたものでした。またまだお話ししたいことはいっぱいありますが、それは次号にまわしましょう。お楽しみに!

病肓膏(こうこう)に入る

杉浦 依和夫(ヨガ研究家・57歳)

 中国の春秋時代、普代の国の景公という人物が重い病気にかかった。隣国の秦に使者を立て、名医の誉れ高い高緩(こうかん)に来てもらうことになった。待つうちに変な夢を見た。“病い”が二人の童子なって鼻から飛び出して、こんな話しをする。「来るのは天下の名医だからいよいよ俺たちは危ないな、どこへ逃げたらいいんだろう。」「そうさな、肓の上、膏の下なら名医と言えどもどうにもできないよ」。と交わして戻っていった。その日のうちに高緩は到着して診察した。 「誠に申しにくいことですが、病は肓の上、膏の下に入り込んでいます。ここは薬も鍼も至らないところです。天命の思し召し下さい」というのであった。その後、予言どおり昇天されたのである。 これは中国の故事であるが、病気や悪癖がひどくなってどうにもならなくなって回復の見込みがなくなったことへの、たとえとして使われている。

 肓とは、横隔膜を指し、膏は心臓を指し、意味は「内臓深く入った病因は治りにくく難病になったこと」を示します。この肓膏からの由来で「膏薬」なる貼り薬がありますが、これは、難病を治すクスリという命名であるよし。西洋医学は“病気を診る”対症療法というのに対して、東洋医学は“病人を診る”、原因を探る根本療法と言われておりますが、果たしてそうなのだろうか。鍼・灸・指圧を漢方三法と呼び、病人を診てそれを組み合わせて療法するべきものですが、現在では個々切り離されている、これでは意味がない。そして、治療も経絡・経穴に沿って施すわけですが、通り一辺等ではとても根本療法といえない。そういう意味では、本当に東洋医学は存在していない。はなから、あるとすれば現代医学的東洋医学の対症療法といえる。

 今は東洋医学イコール中国医学を指すが、本来はアジアの医術でなければならない。中国医学を「中医学」と呼ぶが、これは中国を略しているわけではなく、一時流行した言葉の、アレである、セカチューである。“中”とは中心のこと、これからの世界の中心医学は我が中国の医学であることを、自ら誇示しているのである。そんな医学で持ってみても、肓膏に入ったらどうしようもない。これも対症療法の故か......。ヨガは、この言葉の真意を明確に解説しています。背中が丸くなって胸の筋肉が狭まり肋骨が下垂した体型を「病肓膏に入る」という、いわゆる猫背である。この歪み体は、本来は弛緩すべきところは緊張し、力が入るべきところを緩めてしまうのである。結果は神経とホルモンの異常をつくりだします。この異常が個々の癖や無理の係り具合により、その人なりの病症状をつくり出します。ヨガは、慢性病は呼吸病と云う。肋骨が下垂や不揃いではまともな呼吸ができない。呼吸の仕方を変えることで内部から肋骨を整えてやることが健康になる秘訣の一つである。肋骨は、脊椎神経から各内臓に連なる自律神経にも関連しておる。われわれ日本人は猫背になりやすい体型をもっているといわれる、常々に胸を張ってヘソを前へ突き出す姿勢を保ちたいものです。

つらかったヨガ断食

伊藤 剛(寮生44歳)

 6月の16日(金曜日)の夕方から、18日(日曜日)の昼まで、ヨガ断食を行いました。金曜の夜から食事は焼きリンゴの蜂蜜かけ数辺だけとなり、とてもお腹が空いてきました。土曜日の朝は5時半起床で、マラソンの後、水浴をしました。私は、膝や太ももがガクガクして走ることが出来なかったので、早足で歩きました。寮生のJちゃんや宇野君は、完走したようです。お腹は空いているのですが、胃が縮まったのか、それほど空腹感を感じないようになっていました。昼間は地下室に集合して、全員でヨガを30分くらいずつ行いました。日頃使っていない筋肉や腱が伸ばされて、ほど良い疲労感を味わいました。座談会や朗読会、トランプ遊びなど、よく考えられたプログラムに従って2泊3日の断食も日曜日の昼にようやく終わりを迎え、お椀一杯のおかゆをいただきました。空腹も限界に達して、横になっていないと気持ち悪くなりそうでした。おかゆをスプーンで口の中に入れると、米の一粒一粒が胃の中に入って消化されていくのが見えるようでした。おかゆの中には梅干しが一個入っていて、その酸っぱさも大変味わい深いものでした。ヨガ断食に入る前には83.8kgあった体重も、82.0kgまで落ちて、ずいぶん体が軽くなった気がしました。胃もかなり縮んだので、この調子で食事を制限して、体重の減少を図って行きたいと思います。最後に、正直に言うと、ヨガ断食は、一年に一回で十分だと感じました。

行事報告 平成18年4月~6月

4月 1日(土)お花見(野依八幡神社)
   9日(日)お花見(豊川桜のトンネル)
  12日(水)「ブリリアント」慰問(赤岩荘)
  22日(土)ドライブ(蔵王山)
  23日(日)誕生日パーティー
  29日(土)映画会「天国は作るもの」(天つくマンと遊ぼう会主催:豊橋文化会館)

5月 1日(月)ヨガ教室
   7日(日)誕生日パーティー
  14日(日)NPO法人ブリリアント定期総会
  21日(日)スターダスト歌の練習
  28日(日)ゴミゼロ運動参加
  31日(水)「ブリリアント」慰問(やしの実)

6月 7日(水)ヨガ教室
  10・11日(土・日)一泊旅行(茶臼山ロッジ、東栄温泉など)
  16-18日(金―日)断食ヨガ(ブリリアントにて)
  20日(火)さわらび会創立30周年記念式典参加(ホテルアソシア)
  24日(土)ブリリアントを見学(豊川社会福祉協議会)
   〃    心の風景「義家弘介氏講演会」(豊川市文化会館)
  25日(日)「ブリリアント」慰問 (あかね荘)

ブリリアントにご協力いただいた方々

あいトピア様、稲地様、金原様、佐溝様、清水様、白井様、菅谷様、杉浦様、杉本様、鈴木様、豊橋善意銀行様、平井様、森下様、山口様、レスポワール様、有機デリバリーサービス、東海起業(株)、東海有機(株)

ブリリアントにご寄付くださった方々

伊藤様、内田様、小木曽様、加藤様、金原様、北川様、杉本様、社会福祉協議会様、鈴木様、田中様、石川様、マダム芳江様、小林様、太田様、稲地様、丸永(株)様、立石様、西山様、大谷様、松野様、やしの実様、平松様、西山様、筒井様、高田石油店様、山本様、大沢様、後藤様、白井様、豊橋善意銀行様、平井様、山口様、レスポワール様、有機デリバリーサービス、東海起業(株)東海有機(株)

* 毎週木曜日PM6:30よりお話会を行っています。一般の方の参加も自由ですぜひお越しください。TEL0532-46-0033までお申し込みください。

編集後記

 4月号から大分経ちました。いろんなことがありました。その中で私は新メンバーのブリリアント生活の基本的精神を理解しました。何と私こそが、一番の出来損ないの寮生になりました。でも昔みたいに戦いを仕掛けたりする幼稚さはとうになく、いかにして皆仲良く、嬉しく生活できるかを考えています。特に特技を生かして・・・ のんびりゆっくり楽しく明るく生きて行きたいです。

寮生 宇野和男

 外は梅雨の合間の曇り空、うっとうしい季節ですが、ブリリアントの中はいつもどおり活気に溢れています。先日、あかね荘に慰問に行ってきました。みなさん暖かい拍手で迎えてくださって本当にうれしかったです。次の慰問にも力が入ります。

寮生 伊藤剛(編集長)
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