レッツ ブリリアント 2003/07 第10号

発行者
精神障碍者社会復帰施設
特定非営利活動法人(NPO法人)ブリリアント 施設長 内田 秀司

住所 〒 441-8145 豊橋市駒形町字坂口56番地
TEL 0532-46-0033
FAX 0532-46-0163

URL http://brilliant-gh.sakura.ne.jp/

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平成15年7月1日発行

昔を思い出す、弁当のお話し

杉浦依和夫(一般:豊橋市50代)

 NHKテレビの「お江戸でござる」の番組で杉浦日向子先生の講座があり、その中で各ゲストの方が弁当の思い出を語っておりました。そのゲストの綿引洪さんが、「子供の時は、玉子焼き入の弁当がとても美味しかった。運動会の時に母親が作ってくれて嬉しかった。早く来い来い運動会なんて歌っていましたよ。それにこの時代は卵が高価でした。」と仰っていました。綿引さんとは、ほぼ同年代でしょうか。

 我が家も5人家族で、小学時代を思い出します。ホンのときたま、卵丼として丼に生卵をいれ熱いご飯をかぶせて蓋して半熟を見計らって食べました。ご馳走だったのを覚えています。牛乳も脱脂粉乳のやや黄白色のビン乳に砂糖を入れて飲んだですね。また、社会見学の弁当は黒コッペパン一つなんてこともありましたね。居食住の一つ一つ切り離して思い出すと、懐かしい自分を思い出します。

 ついでながら、食について少々、私が研究実践してきた事などをお話しさせてください。現代医学的には、食欲中枢と性欲中枢は同一カ所にあるそうです。どちらが乱れても影響しあうようです。また、大食バカと言われるが、これなども腹の方に血液が集まり頭に血の巡りが悪くなる事です。

 江戸時代の儒学者・貝原益軒が著した「養生訓」にも食の大切さを云っております。さらに水野南北なる観相家が著した「南北修身禄」にも食について述べております。“食を貧るのは、禄を失う”と、生きる糧をなくし財産を失いて命を落とすことになろうと。また人相、手相は凶相となり、運を捨てる事にもなるとも。

 南北は、食の仕方によって“運”は左右されると説いて、たくさんの教示を残していますが、こんな家に住むとこうなるとか衣服を纏うとこういう運になるとも云っております。この南北なる人物は、自ら己は貧相であると云っております。これは、己の幼少、育ち方に由来すると。そして門弟にけんさんすべしと、自らを題材として提供しています。…私はすこぶる、この人物がすきです。南北なる、その人なりをまたの機会に続きはお話しさせていただきたく思います。申し遅れましたが私はヨガ、導引法や桜沢食事養生会の実践をして来た者です。

 では、いずれに。

「醤油について」

森下昌洪(一般:岩倉市50代)

 僕は醤油が大好きだ。天ぷらやとんかつにちょっとだけつけて食べる。殆どの料理につける癖がある。皆は変わっていると云うが、カレーに醤油を3、4滴たらす。この癖は、こだわりのシェフのいる店ではやらない方が無難だ。

 スーパーで醤油選びをする時はラベルの成分表示を見る。国産丸大豆使用、遺伝子組替えなし大豆、三年物を手に取る。多少割だかだけれど安心出来る気がする。喫茶店とか店のオープン記念で出す醤油は、表示に脱脂加工大豆が使われている。おそらく安く作るために遺伝子組替えした輸入大豆だろう。短時間製造だ。

 何年か前に常滑のギャラリーで買ったのは、うまいと思う。小さいビンでふたの部分が赤い和紙でラップしてある。500円だった。スーパーのいい醤油と比べてもかなり高目だ。銘柄も気に入っている。「つれそい」だ。醤油でなくて「たまり」だ半田で作られている。その時の「たまり」は、封を切ってすぐにカビが浮いた。本物のみそ、醤油は防腐剤が入っていないので非常に感激した。しかし同じ「つれそい」を名鉄デパートのこだわりの売り場で買ったのはカビが浮かなくなっている。いつか製造元にきいてみようと思う。

 最近、ある醤油のラベルを見たらびっくりした。うまさの秘密はバニラエッセンスとかいてあった。こんな醤油が許されていいのか。この調子だから最近の「たそがれ」には、防腐剤を入れたかもしれない。これからは“バニラエッセンスや防腐剤なし”を求めるのは不可能かもしれない。

 本物の味覚を失わない為にいつも舌の感覚はデリケートでありたい。

ブリリアント旅行記Ⅱ

宇野和男(寮生38歳)

 わたし達は去る5月10~11日に恒例の一泊旅行に行って来ました。今回はレッツブリリアントの巻頭の記事を書いて頂いている岩倉市の森下さんも同行しました。まずはコースの案内から……

 国道1号線をブリリアント号で浜名湖方面へ向かい浜名大橋を渡り舞阪でおりました。それから浜名湖1周を、館山寺、井伊谷経由で回りホテル:浜名湖レークサイドプラザに到着しました。早速去年も楽しんだ硬式テニスを約1時間ほど行い、軽く汗を流して温泉へ…。今回はサウナも十分時間が取れるように予約を行い私は5年ぶりにサウナにゆっくりと入ることが出来ました。

 気分も開放的になって来たところでお楽しみバイキング料理となりました。もう、とにかく肉類をピラニアみたいに食べました。その他、カニもあったのですが私は左手神経がないためそれは諦めました。でも、短時間で普段の3~4倍も胃袋の中に入れたので十分満足しました。たらふく満足して、もう寝たいとか思ったのですが、さあ“カラオケだ!!”と次から次へとスケジュ-ルが入っており私は例のゲロゲロ病が来るんじゃないかと心配でした。

 カラオケルームに場を移してから、格好つけて歌うとゲロゲロになりかけましたが、よく聴いていて好きな曲を歌うとちゃんと歌えました。森下さんはシャンソンを字幕なしでフランス語で歌われました。さすがフランス一人旅の経験がよく活かされていました。世話人の内田さんは意外と若い曲も歌えるので驚きでした。何だかんだとみんな自分の個性を発揮し、あっという間の2時間でした。このときすでにPM11:00さあ寝ようと思っていたら(実際かなりねむたかったけれど)次ぎは寮長の鈴木さんの手引きの花札で“おいちょカブ”をしました。1=松、2=梅…と即席換算メモをつくりみんな子供にかえって遊びました。気がつくとなんとAM1:00。いかんいかんもう寝ないかん。ということで解散。11日はAM7:00には起きて温泉へ。朝食も赤だしとご飯で、よかったです。

 AM9:00にはチェックアウトしいざ稲武へ。国道257線をひたすら北上し、去年の10周年記念ブリリアント祭のゲスト、内田ボブさん達が歌っていた“寒狭川”の実物を見ながらドライブを続け、どんぐりの湯というところへ到着しおみやげを購入しました。森下さんは名倉で、ある家のピアノの調律をする為に降りていましたが、ちょうど12時ころ迎えに行くとなんとそのおたくで山菜てんぷらと炊き込み御飯をごちそうしてくださって、感激しました。そのお宅は一日2食だそうでめずらしいと思いました。しばらく歓談して、丁重にお礼をしました。次ぎは場所が不明なアートギャラリーへ行き、高級な壷、とても薄いマグカップなど、東京の飲食店で実際に使われてる類の物を見て周り、ちょっとだけ劣等感を感じた後、一路豊橋へ。帰りの車の中では運転手の白井さん以外全員寝てました。(白井さんごめんなさい)おわり。

ブリリアントでの日常

鈴木 和(寮生27歳)

 ブリリアントに来て、春には旅行、夏は海へ行ったり、秋は森林浴へ行ったり、誕生日のある月には誕生会があったり木曜日にはお話会があります。また、毎週火曜日には卓球をやっています。

 犬(ポインター:パンダ)の散歩とか掃じ当番で廊下掃じをしたりしています。フレンドハウスから帰るとすぐラジオ体操をやってます。

 夕食時「いただきます」の前に五の心といって皆で
「1、はいという素直な心。」
「2、何時もありがとうと言う感謝の心。」
「3、私のような者でもという謙虚な心。」
「4、させていただきますと言う奉仕のこころ。」
「5、いつもニコニコ明るい心」
というのを唱和しています。

 ひと月に一度、金曜日の夜、母のいる実家へ帰って翌日の土曜日に病院へ行って日曜日夕方帰っています。他の土、日はのんびりしています。今年の2月頃から新入りの匿名希望さんと、社会復帰した白井さんと3人で、毎週火曜日に卓球をしています。最初全然打ち返せなくてつまらなかったけど、最近では一応打ち返せるようになり楽しくなってきました。少し余裕が出来、相手のすきを狙って打てるようになりました。でも本格的には白井さんとJさんの方がもっと上手いと思いました。

 毎週木曜日のお話会では話の内容が毎週違って結構ためになるとおもいます。特に寮長の鈴木光雄さんがいい体験談を話してくれてます。

ブリリアントの誕生会

藤田一夫(寮生54歳)

 私の両親が正月にはおせち料理、子供の日には鯉のぼりをあげてまんじゅうを作ってくれたり、彼岸にはぼた餅を作ったりと、ことあるごとに特別の料理を作ってくれて季節感を感じていたものですが、私の誕生日を祝ってくれたことは一度もありませんでした。

 ブリリアントに来て54歳(5月12日)にして初めての誕生会をやってもらい、夕ご飯に私の好きな料理を作ってくれるということになり、お刺身の盛り合わせがでました。とても嬉しかったです。

 皆でやるゲームはトランプを2組同時に使うW7並べをやり、面白かったです。ゲームの後皆が“ハッピーバースデイ”の歌を歌ってくれて、ケーキのロウソクを消しました。ケーキは皆で分けて食べました。

 誕生会だけでなく普段から夕ご飯に刺身が出ることが多く、私にとっては嬉しい日となっています。50歳過ぎの私に誕生会が開かれたのも世話人さんの心遣いと寮生皆の協力あってのものと思いとても嬉しく感謝しています。

家にいた頃の生活について

匿名希望(寮生19歳)

 私がブリリアントに入って早いもので3ヶ月が経ちました。最初入ってきた時は皆と上手く生活していけるか心配していたけどだんだん皆と仲良く生活できるようになって今、毎日がとっても楽しいです。でもそんな私でも家にいた頃は悲惨な毎日を送っていました。それは親からの虐待です。特に母親からの虐待は凄いというよりも限度をこえる位のものでした。毎日毎日私の顔を見る度殴るけるの毎日でした。父親がいる時は虐待はしないけれど私と2人でいる時は毎日のように殴られていました。そんな母親を私はひどく憎んだりもしました。しかしどんなに憎い母親であっても私にとってたった一人の母親でもありそんな母親から裏切られた事はひどく悲しいです。それはブリリアントに入る前の日、私は母親からひどく冷たい言葉を聞かされました。それは「お母さんの代わりに犠牲になって。」という言葉でした。正直に呆れたと思ったけど、もう後には戻れませんでした。でも今思うとなんであの時殴られてでも「いやだ」とはっきり言えなかったんだろうと、とてつもなく後悔してます。もうその日の夜は本当に悲惨な夜でした。父親からは水をかけられ殴られけられ、まともに寝かせてくれませんでした。そして次ぎの日は重いまぶたを一生懸命にこすりながら仕事に来たけどもう頭の中は真っ白でとてもじゃないけど、仕事は出来ないと思いその日は一日休ませてもらう事になりました。

 今思うと辛い毎日だったと思います。だけどブリリアントに来てからは少しずつだけど人と話せるようになってきたし笑う事も出来る様になりました。

 本当にブリリアントに来れて良かったです。だから今度は今まで辛かった分だけ皆からいっぱい幸せを貰いたいと思います。

ブリリアント一泊旅行

世話人 内田里枝

 今年も旅行の季節がやってきた。秋はブリリアント祭で忙しいのでどうしても今頃の時期となる。

 今回はブリリアントの応援団でもある森下さんが同行して設楽を案内してくれる事になった。1日目は浜名湖をドライヴで1周し、レークサイドプラザに到着。テニスしたり、温泉に入ったり、花火を見たり(ちょうど結婚式があり、夜花火が上がったのです。)バイキング料理に舌つづみを打ち、カラオケで日頃のウサを発散した。それでもまだ遊び足らず部屋でオイチョカブをしたら夜中の1時だった。

 2日目、森下さんの友人でもある設楽の堀さんのお宅におじゃました。昔の代官様のような古い立派な家だった。堀さんはとっても気さくな方で、私達は初めてなのに山菜の天ぷらや炊き込み御飯でもてなしてくださった。おばあ様もいらして次ぎから次ぎへと美味しいものを出してきて「食べなさい、食べなさい」とまるで自分の子供のように私達に大サービス。びっくりしたり嬉しかったりで感激の涙。

 次に今回の旅行のメインの「ギャラリー・イオリ・スペース」に行った。「何とステキな所!!」これが第一声だった。木の香りが漂う山小屋風の建物で、「研ぎ澄まされた空間」という言葉がぴったりのギャラリー。こんな田舎の山の中にどうしてこんな所がと思ってしまう。

 オーナーの辻さんは工房を持っており、そこで手作り家具を作っている。その洗練された美しい家具がこのギャラリーに置かれている。何とも言えない気品が漂い、お金があったらこんな家具の中で暮らしてみたいと思う物ばかりである。

 それから又、他の作家達の展示品の素晴らしいこと。紙のように薄い磁器で出来た真っ白な食器。手作りなので1つ1つ皆形がちがっていて、私達に何か話しかけているような暖かさも伝わってくる。又、ガラスの皿や鉢。アイデアが面白くてこれを作った人は相当頭の柔らかい人なんだろうなと思わず見る人をうならせる傑作物。ベランダに出るとバラのツルが建物の側面をはって上に伸び、雨に打たれてツヤツヤと光っていた。

 無駄なものが1つもない、建物、空間、展示物。口ひげを生やしたオーナーの辻さん、優しそうだがかなりのこだわりの人と見た。

 今回の旅行は海も山も堪能し、暖かい人情にも触れたすばらしい旅だった。

ブリリアントのお話会

世話人 内田里枝

 ブリリアントでは毎週木曜日の夕食後にお話会というものを行っている。寮長の鈴木光雄さんが「断酒会の例会でいつも円座になって一人一人順番にお話しをしていくが、これがとても成果を上げている。」と言うのでブリリアントでも採り入れる事にした。光雄さんがリーダーとなって進めていく。テーマもあったり、なかったりで自由に話をする。

 最初の頃は1言2言で終わる人が多かったが、この頃は大分長く話せる様になった。内容も自分の日常の事が殆どだったが、最近は自然に目を向け、自然の素晴らしさや楽しさを嬉しそうに語る人も出てきた。

 1通り話終わるまではひたすら聞くだけ。間に口を挟まない。人の話をじっと聞くということも大事なのだそうだ。

 1周回ると今度は討論会になる。アーダコーダ意見が出て盛り上がると9時頃になってしまう。

 “人間として生まれて来た目的は魂を高めるため”その辺りまで煮詰まってくるとお開きとなる。

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