レッツ ブリリアント 2013/08 第53号

発行者
精神障碍者社会復帰施設
特定非営利活動法人(NPO法人)ブリリアント 施設長 内田 貴士

住所 〒 441-8145 豊橋市駒形町字坂口56番地
TEL 0532-46-0033
FAX 0532-46-0163

URL http://brilliant-gh.sakura.ne.jp/

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平成25年8月1日発行

ブリリアント20周年記念 「吉川武彦先生ご講演も」

施設長 内田貴士

 ブリリアントの20周年記念の日取りが決まりました。11月10日(日)で、駒形公民館で行います。ブリリアントの産みの親で、精神科医であり大学教授でもある吉川武彦先生がお忙しい中この日のために駆けつけてくださることになりました。先生のご講演を始め、ブリリアントの20周年の歩みをプロジェクターでお見せしたり、楽しいイベントをいろいろ計画しています。イベントを盛り上げて下さる方が見えましたらぜひご連絡下さい。もちろん模擬店ではおいしいメニューをいろいろ取りそろえて皆様をお迎えする予定です。最後にもちまきならぬ、うずらまき(うずらの卵の燻製をもちのかわりにまく)を行う予定ですので、どうぞ一人でも多くの人をお連れして参加していただくようお願い申し上げます。

三つ子の魂百までもと言う事

曽我洋秀(世話人)

 6月6日に名古屋に寮生と世話人さんと招待されて、安保徹先生と藤田紘一郎先生の講演を聞く事が出来て夕食を一緒にさせて頂き、久しぶりに安保先生とお話し出来、有意義な時間を過ごす事ができました。何年か前に安保先生から紹介して戴いたウエラーザンウェルのシンポジウムに寮生と一緒に参加した時には、今は寮を卒業されて結婚までした宇野君が、癌が生活習慣を変えることで治るなら自分の病気も治るのではと、減薬ノートを付けながら一緒に努力した事を思い出しました。

 松原泰道先生の幸せの3Kで、感動、希望、工夫が大事なんだとお話しされていた事を思いだします。話しを元に戻しますが、よく子育てをどうしたら良いかと聞かれますが、お母さんたちが勘違いしている事に、脳の発達の事があります。脳の発達は、単純に神経細胞のネットワークが複雑になることではないということです。神経細胞のつなぎ目「シナプス」の数は、1~3歳前後までは急激に増えるが、その後は徐々に減っていくということ。実はシナプスが減っていくという現象は、過剰生産されたシナプスのうち、不要なものが消えていく過程だということが研究でわかっています。つまり、神経細胞は、とりあえず最初は広く手つないでおき、あとで不要な手をはなすという戦略をとっているのです。この「多めにつくってあとで減らす」方式のほうが、「必要に応じてふやす」方式よりも、周囲の状況の変化に敏感に対応する事が出来るとされています。これはどういう事かと言うと、赤ちゃんを見るとわかるように、生まれた時から手を握りしめるという事はできる、しかし親指と人差し指でものをつかむという事は、学習しないと出来るようになりません。最初は未熟な神経回路、つまり一つの入力にたいして複数の出力がおこなわれる。成熟した神経回路になるためには、余計な回路が働かなくなって、1つの入力にたいして、必要な出力だけが行なわれる。

 これには何が必要かと言うと、たくさんの事を覚えるという事より、一つの事を繰り返すという事で学習すると言うことなのです。

 赤ちゃんを見ていてわかるように、はいはいでも何度も繰り返すと上手になると言う事。それとゴミでもなんでも口にいれ確認していると言う事。ミラーニユーロンという鏡のような神経細胞がある事で真似が出来るようになるということ。

 毎日繰り返すという事は子供だけが必要なだけではなく、野球のイチローのように、愛工大名電時代から、一日15分間の素振りは今も欠かさないとか、将棋の羽生さんも駒を持って並べる。コンピュータを見るだけではなく手で触る事が大事と書いていた。そうする事で神経回路の末端が大きくなり、より早く忘れなくなります。1~3歳までは特に変化が大きいため、大事なためこんな言葉があるようです。三つ子の魂百までもと言う事

 次回はこの頃の生活習慣と家庭環境について考えてみたいと思います。

3日間の企業研修

兵藤なつき(寮生 28歳)

 去る5月28日~30日の3日間、豊橋南郵便局にて企業研修を受けました。

 私が体験した仕事の内容は、暑中見舞いハガキ(かもめ~る)の発行の準備と封筒・各種保険の冊子の裏表紙の取り扱い店名欄のスタンプ押しでした。あと、使わなくなった紙類のシュレッダーがけをやりました。先ほど説明しました各店に出されている商品はああやって出荷するんだって知りました。とても勉強になりました。

 研修が予定通りに受けれるように、自転車通勤を徒歩に変えました。今も作業所までは徒歩で通っています。どうしてかというと、この前自転車で帰る途中で小さい子供や道路の脇に生えた草を取っていた女性を私が誤って引きそうになったんです。私も「大丈夫かな?引いてないかしら?」って怖くなりました。私がそのことを奥さんに伝えると奥さんがパニックを起こしました。私がそこまで相手を思いやってなかったかもしれません。運転に集中してなかったかもしれません。私がこんなこと言うのつらいので言いたくないけど、とてもいい経験をしました。それから自分のために即、自転車のカギを奥さんに預けることにしました。

 当初は、4月頃の予定だったけど、なかなかすぐに日程が決まらなくて、もしかしたらなくなるのでは・・・って連想が浮かびました。さらに、あいとピアに入ってたチャレンジド・センターが昨年度を最後に活動をやめたので、幻になるのかな・・・ってあきらめてました。28~30日に決まるまで。

 実際に決まったときは、研修までの時間を大事にすることにしました。

 徒歩に変えたおかげで郵便局での研修が予定通りに受けることができました。そして研修を無事に終えることができました。まあ、気がかりなことや指摘も挙げられたけど。それは仕事の取り組み方でした。

とても楽しかった一泊旅行

伊藤剛(寮生51歳)

 7月6日から7日にかけて、寮生最大の楽しみである一泊旅行に行って来ました。行き先は下呂温泉。東名高速、東海環状自動車道、中央高速を使い、奥さんが用意してくれた袋詰めのお菓子をつまみながら、最初の目的地、恵那峡に着きました。ドライブインで昼食をとり、恵那峡めぐりの遊覧船に乗りました。ダム湖の水は少し濁っていましたが、両岸の森の緑が美しかったです。白波を蹴立てて進む遊覧船の中からは、迫力ある奇岩をすぐ近くに見ることができます。獅子岩とか屏風岩、うずら岩など、面白い名前の付けられた岩が次々と眼前に現れます。品の字岩の所で船が引き返すと、突然大粒の雨が落ちてきました。こりゃ、船着き場で濡れてしまうかなと思っていると、雨雲の下を通り抜けたのか、雨はぽつりぽつりに変わっていました。皆で船を下りたあと、雨の降らないうちに大急ぎで車に戻りました。

 次は恵那の博石館です。巨大な石のピラミッド(実物の1/10スケール)が悠々とそびえ立っています。展示室には、エベレストの山頂の石や万里の長城の石、広島で被爆した石など、世界のあちこちから珍しく貴重な石の数々がコレクションされていました。恐竜のうんちの化石も展示されていました。兵藤さんは、宝石探し体験にチャレンジして、綺麗な石を小袋一杯拾っていました。

 続いてどんよりとした梅雨空の元、今日の宿泊地の下呂を目指します。国道257に出る道は近道をして、すんなりと国道に出ることができました。福岡、付知、加子母とドライブして、国道41号に出ると、大雨で増水した飛騨川がごうごうと流れていました。目指す旅館もすぐに見つかり、やれやれと部屋に通されました。さあ、期待していた夕食です。飛騨牛のバター焼き、刺身、焼き魚など、豪華なメニューに一同歓声をあげました。飛騨牛は、脂がのっていて口の中でとろけるようでした。僕はおかわりをしておなかいっぱい食べました。

 夕食のあとは一部屋に集まってトランプをして楽しみました。スリルいっぱいのババ抜き、性格が出る七並べ、ルールが難しいセブンブリッジなど、和気あいあいでした。さぁトランプも終わり、温泉の時間です。ちょっと熱めのお風呂はとても気持ち良く、ドライブの疲れがすっと抜けました。薬を飲んで眠りについたのは10時半頃でした。

 二日目は、宿のすぐそばの下呂温泉合掌村に行きました。駐車場の所に朝市があり、皆思い思いにお土産を買っていました。大石さんは足が痛かったので車で待っていることになり、残りのメンバーは小径を登って合掌村に入場しました。飛騨の白川郷などから移築された合掌造りの民家は、とても大きくて高くて、ずっしりとしていました。

合掌造りの民家の前で記念撮影

合掌造りの民家の前で記念撮影

 スタッフのおじさんが解説してくれて、記念撮影もしました。二階に上がると、養蚕の道具が展示されていて、とても懐かしく見学しました。僕の実家は昔、養蚕をしていたのです。古民家のあとは、4月にオープンしたばかりの円空館を見学しました。素朴な仏像の数々が、時を越えて入場者達に何かを語りかけているようでした。園路のあちこちにはあじさいが咲き誇っており、梅雨時ならではのしっとりとした美しさでした。

 下呂を後にした一行は、再び来た道を戻り、途中近道をして少々迷いながら国道19号に出て、馬籠宿を目指しました。馬籠に着くとちょうどお昼で、僕はざるそばを食べました。さて馬籠宿の散策です。ここでも急坂で、大石さんの足には向いてなかったので、売店の縁側で待っていてもらって、他のメンバーは風情あふれる木曽路の宿場町を歩きながら、島崎藤村の記念館を訪ねました。ビデオ上映で、藤村の生涯を振り返り、自筆原稿や掛け軸、蔵書の展示などを楽しみました。詩集、散文、小説など自分の人生で残したものが、百年以上の時が流れても、多くの人々に愛されているということは、何ものにも代え難い幸せではないかと思いました。歩き始める時に見えた黒雲も、いつの間にか姿を消し、梅雨の合間の強い日差しが馬籠宿を照らしていました。汗をかいた僕たちは、喫茶店でかき氷を食べて涼をとりました。馬籠を午後2時半に出て、ブリリアントに帰り着いたのはちょうど5時でした。

 今回の一泊旅行は、あまり細かく予定を立てませんでしたが、幹事の藤田さん、ドライバーの白井さんの活躍もあり、とても盛りだくさんの体験ができた素晴らしい旅でした。また積み立て貯金を続けて、来年も良い旅がしたいです。

バカは風邪をひかない

位已光児(支援者)

 千葉県木更津の駅前で毎日6時間も立ち続けて3年になりますが、目的も計画もありません。バカみたいに黙って立っています。夏の猛暑でも熱中症にもならず、寒暖の差が激しい冬でも風邪をひかないのは、まさにバカは病気をしない見本といえましょう。それは「こころ」にはカタチがない事実を認めただけなのに、自然の働きが、そのまま自分に表れたというべきでしょう。つまり理屈抜きです。

 実は、最近、親鸞聖人の悟りに気づいて、それが自然にはカタチがないという事実でした。「かたちもましまさぬゆえに自然とはもうすなり」とあるからです。「こころ」そのものにも自然そのものにもカタチがないというのであれば、両者には境がないのです。だから自然の働きが、そのまま自分に表れているのです。それを自然治癒力というのでしょう。だから自然には病院がないのに、自然の生き物は元気で生きています。人間は何でも理屈抜きでは納得できないようで、理屈で限定された世界の他は見ることができないほど窮屈な文明になっているようです。そんな時代の中で「こころ」そのものにはカタチない事実を認めたのです。そうすると親鸞聖人の「無上仏と申すは、かたちもなくまします。かたちもましませぬゆゑに、自然とは申すなり」という悟りと同じになります。つまり「こころ」そのものにはカタチがないという事実とカタチがないから自然だというのと通じるのです。だから理屈抜きに駅前で立っているということに、自然が、そのまま働いて病気をしないのです。その事実を理屈で頭がコチコチになった現代人は認めようとしません。しかし、認めようと認めまいと、事実は事実です。その事実を事実のままに認めてもらうまで、私は30年でも50年でも生き続けようと思います。

日常生活

大石春子(寮生)

 朝6:30に起きて、散歩に出かけております。足が痛い時はやめています。それから食事をいただきます。身じたくをして矢車草に行って、軽作業の大葉(たばねる仕事)を半日やってきます。戻り次第に昼食をいただきます。又たまにはお茶を飲みに出かけます。出かけない時は部屋でくつろいでおります。

 足の方も痛い時と痛くない時の差が激しいです。こんな毎日を過ごしております。

 時には慰問もあり、畑の仕事もあり活動しています。

牛を見に行きました

藤田一夫(寮生63歳)

 5月25日。今日は天候にも恵まれ、おにぎりの弁当をみんなで作って持って、施設長さんのお嫁さんである内田一恵さんの実家、「立岩牧場」で乳牛を飼っていると言うので、ドライブがてら乳牛100頭見に行ってきました。まだ生まれたばかりの1ヶ月目のメス牛もいました。牛舎の横にソフトクリームを売っている店があったのでそこでみんなでソフトクリームを食べました。とてもおいしかったです。

 親牛は仔牛が生まれてから1年5ヶ月間牛乳が出るそうです。牛乳をとり続けるには1年と5ヶ月ごとに仔牛を産み続けなければなりません。メス牛は全体の3分の1くらいの割合で産まれるそうです。オスが産まれるよりメスが産まれるほうが当然うれしいのです。全部ホルスタインです。よくお乳の出る牛で50リットルくらい1日にとれるそうです。牛どうし傷付け合わないように角が取ってありました。乳牛もウズラも円安ドル高の影響でこのごろエサ代が高くなってこの仕事も困っているようです。

 乳牛を見学したあと、近くの浜名湖の海水浴場でシートを広げて、みんなでお弁当をいただきました。食事のあとここでアサリを採ろうとしたのですが今年のアサリはどこに行っても採れませんでした。このあと帰途につきました。

おコメの力

杉浦 依和夫(ヨガ講師・60代)

 近年は、動物食を副食にしながらの玄米とか、完全玄米菜食されている方も多い。行きつけの蕎麦屋には、主食として胚芽米とか玄米を選択できるようになっているのは、ヘルシーとして一般的になってきたのだろう。私はヨガと出会い、そこでの道場生活から玄米菜食をして体質改善をしたのですが、どこかで受け付けない、合わないときがでる。知っておきたい理由や摂取の前提がある。玄米は、まずは病人食であること、玄米のもつ“気”が、強い食べ物であること、そして玄米は不要な毒素を排泄する力も強いが、必要なミネラルをも排泄されてしまうこと。

 玄米は諸刃の剣で、“過ぎたるは及ばざるが如し” のたとえ通り、やりすぎは神経障害を被りやすいと、ヨガでは戒めている。

 一日三食を玄米としないこと、過食は白米を食べ過ぎるより害は大きい。そして2:8のゴマ塩をふりかけることでミネラル排泄を抑えることができる。であるが、臨機応変にしていくことが玄米中毒に陥らない食べ方だと私は思っている。

 アルコールとの組み合わせも注意したい。先の「食い合わせの妙」で述べましたが、米と麦の組み合わせはよくない。ですので、玄米食にはビールよりも日本酒の方がいい、長くアルコールと玄米を付き合うならばだ。

 子供さんへの玄米であるが、食べさせては行けなくはない。玄米をはじめると痩せていくが、これは内臓の消化栄養摂取力がなれてないせいで、玄米になれるまで三年はかかるという。

 玄米食が合うまでには時間がかかるので、効果を実感出来ずにやめてしまう方もただ多いようだ。お米の力である、性質・成分が左右しているという。

 ヨガ道場は、桜沢理論に傾倒していたヨガ導師は、元々は、桜沢道場では塾頭をされていて、陰陽食では右にでる者はいないといわれた方だ。そしてその対極に、食養門下生で研究家の大森英桜先生がいて、お互い賛辞してやまない同士ですが、一様に桜沢食養法が全ての病症に卓効があるとは限らないと仰っていた。

 桜沢夫人の里真先生の講義を度々拝聴しました。リマさんは小柄な体を着物に包み可愛らしくとても上品な方でした。90歳を超えておられるというのにとても肌がきれいで、その秘訣を話されていましたのが印象的でした。その後、糸瓜(ヘチマ)をベースにした化粧水などが、自然化粧品として「リマ化粧品」のネーミングで発売されました。

 玄米は、それだけで完全食であるので、成分的にはどこで獲れたものでも同じあるが、性質は異なり、この性質が玄米の力として大いに関係しているという。

 酸・アルカリ食品とかはその成分をいっており、陰性とか陽性食品の区分はその性質を謂う。ですので、陰性の酸性、陽性のアルカリ食品などと捉えることもできる。

 玄米は陰陽では中庸であるが、それはカリウム塩(陰性):ナトリウム塩(陽性)=4:1で最も力のあるお米といえる。だが、昨今というか二十数年前から、その比が10:1で、陰性化している。これでは、とても玄米食で体質改善どころではないと、大森英桜先生は述べておられました。お米の生命力をいただきたく、よい玄米に出会いたいと願うものなり。

学校(小中学校及び大学)と経済界を連携する「学び直し金」の支給は、卒業した小中学校の同窓会費やクラス会々費等に充てたい

安間道貞(寮生27歳)

 豊橋市立74小中学校の社会教育委員会や同窓会を連携する豊橋市内の経済会と愛知県内の大学が目指すのは「学び直し金」制度である。この対象は、卒業した豊橋市立74小中学校の卒業アルバムと卒業証書を無くした方やリストラによる失業の方及び成人式で該当していない方などの学区内である豊橋市内の本社などに置く経済界や愛知県内に置く国私立大学を学び直しによる受講料無料で、暴力団員でない方や入れ墨でない方などに受講を募集します。毎年10月第3土日の「豊橋まつり」の開催に合わせる「子ども造形パラダイス」からになる見通しで、会費の納付をはじめ、18歳以上の対象とする入れ墨調査や住所及び居所の不明者による調査などの答えた方には学区内の協賛企業や団体などから金券類等による豪華賞品が当たる応募用紙1枚と受講をし直す用紙1枚を貰います。

 僕が、学区内の学び直しによる受講を希望するのは豊橋相撲協会です。受講の内容は名古屋大学相撲部か豊橋相撲道場などの出げいこをはじめ、さまざまな受講が有ります。修了されると学び直し金計30万円は卒業した松葉小学校と豊城中学校の同窓会費やクラス会々費、同窓会々員名簿協力金などに充てる。さらに、障碍者の方には豊橋善意銀行が発行を計画する15万円分の福祉助成利用商品券を貰い、タクシーをはじめ、豊橋市内の取扱店舗を使うと、チャリティーバザーによる食料品や衣料品などの詰め放題引換券を貰います。受講期間は前期の小学校区内、後期の中学校区内を設定したいと思います。又、豊川市一宮区の障碍者職業能力開発校に行くなら、公共交通機関を利用すると、JR飯田線の豊橋から豊川へ片道200円。豊鉄バス一宮区地域路線に乗り継ぐと片道200円です。運行本数は4往復しか有りませんので、豊川駅バス停の始発は平日9時51分(休日9時56分)。障碍者職業能力開発校バス停の終発は平日16時45分(休日15時50分)と書いてありました。今僕は、「ピュアオフィス矢車草」で肥料や吉見出版などの仕事訓練中です。平成24年9月10日から「さざなみ憩いの家」より移りました。

ブリリアントの平和な日々

理事長 内田里枝

 主人が亡くなってから8ヶ月が過ぎようとしている。

 私は毎朝6時に起き、寮生達の朝食を作る。息子夫婦と私の分も入れると8人分だ。生野菜とスクランブルエッグか目玉焼き、ハムと果物、それが一皿。あと牛乳とパンそれが定番だ。それが出来上がると次はお弁当、多い時は5人分くらい作る。夕食の料理の残りも結構活用されている。

 6時半になると寮生を起こしに2階に行く。トントントンとドアを叩く。返事をする者もあればしない者もある。「おはようございます。」と丁寧に廊下にまで出てあいさつしてくれても、又寝てしまう寮生もいる。

 そのあとが私のお楽しみの散歩だ。寮生達も一斉に散歩に出る。スイカ畑やとうもろこし畑を眺めながら歩く。青い空、白い雲、草花にも季節感がある。足もとに咲いている真っ青なツユクサ、又、風になびいている七夕草、春にはよくつくしを見つけながら歩いたものだ。30分ほどでブリリアントに戻る。私の散歩コースである。

 朝食は寮生達と会話しながら食べる。彼等が元気かどうかをチェックするのも大事な仕事である。

 8時過ぎになると寮生達は次々と作業所にご出勤だ。「行ってきまぁ~す。」「行ってらっしゃい!!」私は朝ドラの「あまちゃん」を見ながら声かけに忙しい。

 8時半になるとブリリアントはシーンと静まり返ってしまう。やっと私の時間。朝風呂に浸りながら今日一日のスケジュールを練る。雨上がりであれば花壇の草取り。必死に半日がんばると昼からは死んだようにダウンしてしまう。天気の良い日は掃除・洗濯そして9時半から主人との会話の時間である。仏壇の前でお経を30分あげる。日常のことをアレコレ話しながら「今日も1日私達をお守りください!!」とお願いして終わる。主人のニコニコしている写真を眺めていると心配事があっても吹っ飛んでしまいそうな気持ちになる。ありがたい。

 ブリリアント菜園を見回る。これは主人が毎日やっていたことだ。「畑はいいぞう。かわいいぞう。子供を育てているような気がする。」よくそんなことを言っていた。今日はナスが何個とれた。キュウリが何本なった。倒れている野菜があれば起こして棒にくくりつける。そんな主人がやっていたことをいつしか私がやっている。

 昼食は半日で仕事を終えて帰って来る寮生と一緒に食べる。冬はうどん、夏はそうめんかひやむぎ又はざるそば、それが定番だ。

 昼からは事務仕事や買い物など、今日はビワの収穫で忙しかった。寮生が柄の長いハサミでビワを枝ごと切り取る。それを受けて私がコンテナに入れる。しかし収穫は楽しい仕事である。何やかんや言いながらも子供の頃に返ってはしゃぎまわる寮生たちであり、自分である。

 4時半頃から夕食の支度が始まる。男の寮生は花壇や菜園の水やり、女の寮生は料理の手伝いで忙しい。5時半になると待ちに待った夕食。1日のうちで1番楽しみな時間。寮生の安間君は毎日の食事の内容を記録する係。私の作った料理にいつもおいしそうな名前をつけてくれる。記録したカレンダーをみるとブリリアントではすごい豪華なおいしそうな料理を毎日たべていることになっている。皆めいめいに好きなだけ御飯を盛る。「じゃ、いただきまあす」と言いたいところだが、まだお預け。お当番が日訓を読む。今は天国言葉を読んでいる。「ついてる!嬉しい!楽しい!感謝しています!幸せ!ありがとう!許します!」皆が唱和する。そして爪もみ(健康に良い。)。それが終わるとやっと食事の時間。そんなわけでなかなか食事にありつけないのがブリリアント流である。それから野菜を残しそうになると私のヤジが飛んでくるのも恐ろしいらしい。「野菜を食べないと病気になるぞ!」

 楽しい食事が終わると今度は反省会である。今日一日良かったことと、悪かったことを発表する(これは年中無休)そしてその後が体操の時間。この内容については前回の「レッツブリリアント」に伊藤剛君が詳しく書いてくれたのでお読みください。

 その後が歌練。これは慰問が1週間後にある場合に行っている。スターダストのコーラスやソロ、ギター演奏、私のシャンソンなど。歌練が終わるともう8時半頃。寮生達は就寝の準備だ。今日も1日お疲れ様でした!!

 ブリリアントの平和な1日である。

行事報告 平成25年4月~6月

4月

4/2(火)太鼓の練習(さくらピア)
4/7(日)畑の仕事
4/14(日)お庭草、駒形神社春祭り、もち投げ
4/16(火)太鼓の練習(さくらピア)
4/20(土)「ブリリアント」慰問(赤岩荘)
4/21(日)曽我先生勉強会
4/27(土)天ぷらパーティー、20周年について会議
4/29(月・祝)曽我先生カウンセリング

5月

5/11(土)「ブリリアント」慰問(椰子の実)
5/12(日)母の日、誕生パーティー(藤田、伊藤、兵藤)
5/18(土)県民の森、サミゾコレクション(ログハウス)
5/19(日)曽我先生勉強会
5/25(土)立岩牧場見学
5/26(日)ゴミ0運動、曽我先生カウンセリング

6月

6/1(土)竹やぶ草取り、畑草取り、「ブリリアント」慰問(あかね荘)、夜映画会
6/6(木)予防医学フォーラム(ホテルキャッスル)
6/11(火)太鼓の練習(さくらピア)
6/16(日)ブリリアント総会
6/22(土)戦後昭和の暮らしの中の楽しみ展(豊川市民族資料館)
6/25(火)太鼓の練習(さくらピア)
6/30(日)曽我先生勉強会、カウンセリング

イラスト:高井宏、内田一恵

ブリリアントにご協力いただいた方々

今泉良美様、万久商店様、大須賀良子様、杉浦依和夫様、 曽我洋秀様、菅谷君男様、小川一平様、佐溝力様、北川藤良様、清水伸太郎様、白井千雄様、稲地扶美子様、金原康純様、宇野和男様、宇野晴美様、高井宏様、大村守様、レスポワール様、豊橋善意銀行様、豊橋社会福祉協議会様、東海有機(株)

ブリリアントにご寄付下さった方々

井上浩様、大須賀良子様、石原かずえ様、近藤とし子様、立岩牧場様、平尾洋子様、万久商店様、兵藤昇様、兵藤日菜子様、北川藤良様、清水伸太郎様、白井一雄様、大石郁子様、レスポワール様、木下様、さざなみ様、墓石センター様、佐羽尾様、藤井様、佐溝力様、伊藤洋様、松本様、杉浦依和男様、山口京子様、野田様、椰子の実様、大橋様、珠藻荘様、黒木武彦様、内田佳伸様、日東ベスト様、筒井電機工業株式会社様、金原博昭様、金原光昭様、豊橋善意銀行様、東海有機(株)

いろいろとご協力、ご支援ありがとうございました。

毎週木曜日の夜6時30分から、「お話し会」を行っております。どなたでも参加できますのでどうぞお気軽にお越し下さい。

編集後記

 誕生会のババ抜きで最後までババが残ったショックでみんなの前で白目になりました。私の気違いにみなさんビックリしていました。アハハ・・・。

兵藤なつき

 いやぁ暑いですね。それでもブリリアントの回りには畑や神社の森があるので、だいぶ涼しい風が通っていきます。今年もクーラーの無い夏を過ごします。がんばるぞ!とは言っても熱中症になっては困るので水分補給と扇風機で乗り切ります。

伊藤 剛

 ブリリアントで2度目の夏を迎えます。昨年を振り返ると、まだこちらに越してきたばかりで中々馴染めずに居た自分を思い出します。環境の変化に適応しようとする本人の努力はもちろん必要ですが、やはり回りの人達に温かく迎えられる事で自分の居場所を見つける事ができるのだと思います。

内田 一恵

 ブリリアント菜園も夏野菜が最盛期を迎えています。ナス、ミニトマト、キュウリ、ゴーヤなど、それから今年はスイカや冬瓜も収穫できそうで楽しみです。

内田里枝
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